母のいない母の日

母の日が他人ごとになって、ずいぶん経ちました。

母の日だから…ってだけで、何となくプレゼントしていた頃より

母に感謝して贈り物をしたいと想う年齢になったというのに

既に母はいない。

夕方、18歳くらいの男の子が、カーネーションの花束を片手に

自転車に乗っていました。

お母さんにプレゼントするのかなって思い

彼が、花屋さんで、ちょっと照れたように花束を買って

照れながらお母さんに、花束を差し出すのかなって想像したら、

すごく優しい気分になれました。

もし、私の母が生きていたら、今頃、どんな話をしていたでしょうかね。

お母さんてスゴイ存在ですよね。

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コメント

  1. Tossiy より:

    母の日でしたね。

    うちは、自分が高校生の時に、母親が家を出て行く形で両親が離婚し、その後、大学生の時に父親は再婚したので、今でも実家に帰れば二人は暮らしており「一応」母はいるのですが、自分にとっても母の日はどこか他人事です。良くしてもらっているので、そういう意味ではもちろん感謝しているんですが。

    街で見かけた男の子の話、その男の子はもちろん、それを見てそういうことを思える桃杏さんに、自分もすごく優しい気持ちになれました。ありがとうございます。

    まだ高校生だった兄と自分の二人を残して出て行った当時の母の本当の気持ち、立派な大人になってほしい、と思っていたことを知っているので、その思いに負けないように!と思っていますが、果たして今の自分がそうなれているのか…

    桃杏さんも、お母さんがまだおられたら、もっと色んな話をされていたでしょうね。

    母の存在ってスゴイですね!

  2. 桃杏 より:

    Tossiyさん、こんにちは。

    おふたりのお母さんがいらっしゃるんですね。
    きっと、どちらのお母さんもTossiy さんの成長を
    心から喜んでいるでしょうね。

    母の想いは深いですよね。
    ようやく分かってきました。
    親不孝ばっかしてたよな…と。

    また逢う日があれば、親孝行したいと思います。

  3. 三憂 より:

    ご無沙汰してます。

    母の日・・・今年は少し早めに淡いピンク色の紫陽花の鉢植えを母に手渡しました。
    本当はカーネーションの方が良いんでしょうけど、花色がきれいだったのと、昔会員になっていた園芸店のカタログに紫陽花の品種に「フラウ・ハルコ」というのがあったのを思い出したから(母の名前は「はる」ですが、母の姉妹間の呼び名は「はるこ」なんです。漢字表記だと小難しい字なんですが)。

    鉢を見ての母の第一声は「変わったカーネーションだねぇ。」でしたが、「フラウ・ハルコ」の話をしたら、なぜ母の日に紫陽花か、理解してくれたようです。
    世話の仕方を教えて、「可愛がってあげてね」と来年も咲いてくれることを祈りました。

    桃杏さん、あるいはご存知かもしれませんが、母、初期の認知症です。まだまだ軽いものなので、同じく初期の認知症の父と二人だけで暮らせてはいますが、来年はどうなっているのかは予測がつきません。
    少しでも長く、母を(あ、もちろん、父も)見守っていられたら・・・そんなことを思っています。

  4. 桃杏 より:

    三憂さん、こんにちは。
    こちらこそ、ご無沙汰しております。

    淡いピンクの紫陽花って、母の日っぽく優しくて良いですね。
    それに、呼び名が同じなんて素敵です。
    我が家の庭に咲いていた紫陽花はピンクではなかったですが
    私にとって紫陽花は家族で暮らしていた頃を想い出させてくれる花です。

    少しでも長く、楽しい時間を過ごしたいですよね。